やはり“とうらぶ”はネトウヨの温床だった──。
日本刀をイケメンに擬人化し、オタクや腐女子から絶大な支持を受け、空前の“日本刀ブーム”まで巻き起こしているブラウザゲーム『刀剣乱舞』(通称、とうらぶ)。本サイトは先日、この『とうらぶ』大ヒットおよび若い女性による“刀剣ブーム”に、ネット右翼の隆盛と共通の背景があることを指摘し、オタクや腐女子たちの「本物の戦争への無知と浅薄な自意識」を危惧した。すると、ネットでは大炎上、たちまち本サイトにはこんな批判が殺到した。
「何でもかんでも右翼化に結び付けたい難癖レベル」
「ネトウヨも真っ青な強引な展開。危ないのはお前のほうだっつーの」
「はいはい炎上商法お疲れ様。お薬出しときますね^^」
しかし、少し前、『とうらぶ』の世界観監修と脚本を務めるなど、事実上の原作者とも言えるゲームクリエイター・芝村裕吏氏が、こんな発言をして物議を醸したのである。
「(二次創作がしやすいよう設定に余白を残すことで『とうらぶ』の)共栄圏は(笑)、大東亜共栄圏は(笑)、まあ大東亜じゃなくてもいいんだけど(笑)……あるいは商業圏というものは長期安定できる」
この発言は今年5月30日に開催されたコンテンツ文化史学会におけるトークショーでのもので、ニコニコ生放送で全世界に中継されていた。ようするに芝村氏は、『とうらぶ』のユーザー拡大戦略を「大東亜共栄圏」と表現し、肯定的な意味で言い放ったのである。
言うまでもないが大東亜共栄圏とは、大日本帝國がアジア諸国を欧米諸国による植民地支配から「解放」するというお題目のもと、東アジア・東南アジアを包括した巨大な共同体を建設するという構想のこと。日本は大東亜共栄圏構想を大義名分に、次々とアジア諸国に傀儡政権を樹立したが、現実の目的は援蒋ルートの遮断と資源の確保。その実態は、現地の女性たちを慰安婦にし、鉄道建設で過酷な強制労働を強いるなど、民間人を搾取し蹂躙する“侵略” そのものであった。
こうした歴史を知っていたら、笑いながら日本の萌えコンテンツの拡大を「大東亜共栄圏」などとは絶対に言えないはずだ。アジア諸国の人々の感情を逆撫でする魂胆でもあるのかと思われても仕方がない。
当然、芝村氏のTwitterアカウントには批判の声も多く集まり、「大東亜共栄圏」発言について謝罪を求められたのだが、芝村氏はこのように反論した。
〈謝罪は不要かと。文脈を意図的に外して私の発言の単語だけを引っ張って別の定義をかぶせてご意見されるのとか、周辺諸国の歴史を直視しろという助言を無視して単語禁止からの思考停止はまあ、敵性語禁止してた軍国主義まんまを演じ、正当化している方には何言っても無理です〉
ようするに“特定の単語使用を禁止してくるほうが軍国主義だ!”と、まるで小学生の「バカっていうほうがバカなんですー」論法で応戦したのだ。あの〜、そもそも単語を使うことそのものでなく、使い方が問題になっているんですけど……。芝村氏は「大東亜共栄圏」という歴史用語を肯定的に用い、世界に発信したことの問題性をまったく理解できていないらしい。
だが、それも当然かもしれない。そもそも芝村氏といえば、コアなゲームファンからは不遜な態度と歯に衣着せぬ言動でも知られており、Twitterでも「右」を自称しているような人物だ。例のトークショーのなかでは、あわてて言い直す様子も見られたが、それにしても「大東亜共栄圏」なんて言葉が口から自然に出てくるのは、ふだんから肯定的な文脈で言い慣れているということだろう。
実際、『刀剣乱舞』は、今回の発言以外の場所でも政治的・思想的な偏向に疑念が持たれている。たとえばゲーム内で、プレイヤーの敵役を「歴史修正主義者」と名付けるネーミングセンスだ。
歴史修正主義とは、世界的な認識としては、歴史的事実に対して、たとえば「南京大虐殺はなかった」とか「アウシュビッツのガス室はなかった」というように捏造・歪曲する立場を指す言葉であるが、『とうらぶ』においては「タイムスリップして過去に干渉することで歴史改変を目論む存在」とされている。政治的に繊細な単語を本来とは違った用法で設定に組みこむ意図はなにか。
芝村氏自身による説明を読めば合点がいく。じつは、芝村氏はTwitterでこんな歴史観を披露しているのである。少し長くなるがまとめてみよう。
まず、芝村氏に言わせると「大東亜共栄圏とは軍国主義者の戦争の口実でありプロパガンダである」という認識は誤りらしい。日本における軍国主義の成立は1920年代後半で、大東亜共栄圏の構想が生まれたのが40年。その前から日帝は韓国併合(10年)などをしていたので、とりたてて軍国主義が悪いわけではない。また、日本が戦争の口実にしたのは大東亜共栄圏=アジアの解放ではなく、自衛のためであって、このあたりは中国・韓国では常識。大東亜共栄圏自体は単なるブロック経済構想だった。だが戦後の日本人は軍国主義を異常に悪者扱いして責任逃れをしている──。
と、そうした上で、芝村氏はこのように述べる。
〈ですから、私は軍国主義を特別な悪とせず、むしろありふれた悪として評価し、自衛のあり方や、その説明のためにもすり合わせた歴史理解がいると思います。同時に、日本は大東亜共栄圏のタブーから、その経済力を経済グループとして使うことを禁じていました〉
〈その結果が東アジアの不安定化の遠因であるのは間違いないと思います。ドイツがEUを作り上げたように、とまでは言いませんが、経済グループの設立に尽力していれば、幾つかの悲劇や、対立を阻止できたのではないかと思うのです〉
ようするに芝村氏は、“戦中日本の「軍国主義」は相対化(=矮小化)されるべきで、「大東亜共栄圏」は経済ブロック構想であり、これがタブー化していなければ現在の「東アジアの不安定化」や「幾つかの悲劇や、対立」を防げた”というのである。この認識は明らかにネトウヨ的歴史理解そのものだ。
そもそも、ブロック経済構築を名目に天然資源や人的資源の略奪を肯定するのは明らかに異常だ。そして、ドイツが戦後にEUの事実上の盟主になれたのは、ナチスの罪と向き合い、謝罪を続けてきたからである。有名なヴァイツゼッカーの「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」という演説は、ナチスの戦争犯罪という“過去における責任”を全てのドイツ国民が負っていることを宣言するものだった。現在のドイツは、ホロコーストの歴史を否定した者に対する刑罰などを制定し、国家規模で歴史修正主義を制する取り組みを行っている。こうした真摯な姿勢によって欧州各国から信頼を得ることができたのだ。
対して、芝村氏は、大東亜共栄圏を単なる「経済グループ」であったとし、単語自体を肯定的な意味合いに改竄しようとしている。さらに『とうらぶ』内では歴史修正主義者の意味さえも捻じ曲げているのだ。
〈その上で、刀剣乱舞は歴史を、無かった事にしたり都合の悪い事を消したり、変えたりする勢力のことごとくを敵として戦うゲームであります〉
この“敵が「歴史修正主義者」である”という点は、本サイトが以前『とうらぶ』と右翼思想の関係を指摘した際に、ツイッターなどでユーザーからツッコミを受けた部分だ。曰く、『とうらぶ』の“イケメン日本刀”たちは、この「歴史を、無かった事にしたり都合の悪い事を消したり、変えたりする勢力」と戦っているのだから、まったく右翼的ではない、と。
だが、ここまで見てきたとおり、芝村氏の理屈に従えば、『とうらぶ』での「歴史修正主義者」は“大東亜共栄圏に代表される戦中日本のスローガンを肯定すること”を「なかったことにする」者たちということになる。ようするに、歴史修正主義者という言葉の意味が転倒しており、右派の言うところの「自虐史観」がプレイヤーの「敵」なのである。
しかも恐ろしいことに、ひととき「歴史修正主義者」とGoogleで検索すると『刀剣乱舞』関連の項目が、本来の意味よりも上位に表示されるという状況にあった。ユーザーたちが歴史背景や思想背景をスルーしてイケメンに萌えているうちに、本来の歴史修正主義の意味が歪曲されそうになっているのかと思うと、もう悪夢としか言いようがない。それこそ、『とうらぶ』自体が(本来の意味での)歴史修正主義コンテンツと呼ぶにふさわしいだろう。
『とうらぶ』ユーザーにはこの倒錯した軍国主義の肯定を、無意識に受け入れてしまっていいのか、という問いを投げかけておきたい。
(リテラ・宮島みつや)