2004年12月10日(金)
【東京裁判の政治的意義】
日本がポツダム宣言を受諾し、日本に民主主義国家を建設していく上では、どうしても日本軍国主義の“清算”
は必要であった。民主主義と軍国主義とは、相容れないものだからである。
日本軍国主義の指導者に対する責任の追及及び断罪は、連合国の手であろうと、日本国民の手であろうと、
行なわれなくてはならないものであった。連合国が主導する日本の民主化政策の一環として、極東軍事裁判が
実施され、日本軍国主義の指導者達が、裁かれることになった。
これは国際法的には、どうみても無理があるものであったが、国際政治的に見た場合、日本軍国主義の復活を
防止する上で有効性を持つセレモニーであった。
また中国大陸全土を戦場として莫大な損害を被った中国など、近隣諸国の復讐心を満足させる効果もあった。
さらには、日本の元指導者達が、裁判で処刑されるということには心を痛めながらも、戦時中、軍人達の専横に
コリていた日本国民にとって、軍国主義の復活がもうありえないことを確認できたことはよいことであった。
したがって、日本を軍国主義の国から民主主義の国に生まれ替わらせる上で、軍国主義の清算は不可欠であ
ったが、連合国がそれをきわめて厳格に行なってくれたので、日本国民は、自らの手を汚してする必要がなくな
ったのである。
そのおかげで、日本国民は、安心して民主国家の建設と経済再建に集中することができたといえる。