NHKの朝ドラで話題を呼んだ「海女」が、世界から注目されそうだ。“本場”の三重県で5月に主要国首脳会議が開かれ、ユネスコの世界無形文化遺産登録をめざす動きもある。
 海女がいるのは世界で日本と韓国だけといわれる。韓国は約1万人いて、特に済州島が約4千人を占めるという。三重県の自治体や海女らでつくる「海女振興協議会」は09年からほぼ毎年、日韓の海女が集まる「海女サミット」を開いたり、韓国の海女の祝祭に日本の海女が招かれたりして交流を進めている。
 日韓が共同して、ユネスコの世界無形文化遺産の登録を目指す動きもある。ただ、微妙な政治状況の影響で、韓国政府は単独でユネスコに申請したことがあり、政府レベルでの協調に至っていない。海女サミットの開催にかかわる「海の博物館」(鳥羽市)の石原義剛館長は「かつては、日本の海女が朝鮮半島に出稼ぎに行った歴史もある。日韓での登録を目指したい」と話す。
 5月に三重県志摩市である伊勢志摩サミットは海女の認知度を高めるチャンス。地元では、海女の写真集や外国語で説明した海女のパンフレットを各国首脳に配るという。(河野通高)
■そもそも海女とは
 潜水漁は古くからあったようだ。縄文・弥生時代の遺跡では、大量のアワビの殻や、岩からアワビをはがす道具「アワビオコシ」が出土。「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」(3世紀)は「倭(わ)の水人、好んで沈没して漁蛤(ぎょこう)を捕らえ」と記している。平安時代の律令の施行細則「延喜式(えんぎしき)」(10世紀)には、朝廷に海産物を献上した志摩の「潜女(かずきめ)」が登場する。なぜ女性が潜るのか。
 皮下脂肪が多く寒さに強いという理由や、船舶の発達とともに男性は沖合に漁に出たからなどといわれる。1883(明治16)年の「三重県水産図解」には「女子は呼吸が長く、自分の限界を知っているので過ちが少ない」とある。
 戦後、海女は一時的に増えた。ウェットスーツなど装備の充実や、中華料理の普及でアワビの需要が増えたためだ。1956年の調査では約1万7千人に達し、高知、新潟、東京にもいたが、その後減少。2010年の調査では2174人(平均年齢65歳超)で三重県が4割強を占める。
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