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但馬国(たじまのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。山陰道に属する

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但馬国

但馬国 別称所属相当領域 諸元国力距離数 国内主要施設但馬国府但馬国分寺但馬国分尼寺一宮
地図 令制国 但馬国.svg
-但馬国
-山陰道
但州(たんしゅう)
山陰道
兵庫県北部
上国
近国
8郡59郷
1. 未詳
2. 兵庫県豊岡市
兵庫県豊岡市(但馬国分寺跡
兵庫県豊岡市
出石神社(兵庫県豊岡市)
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但馬国(たじまのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。山陰道に属する。

沿革

のちに但馬国となる地域には以下の2つの国造が置かれていた。
こののち、のちの丹波国丹後国・但馬国の3国にあたる地域は丹波国造の支配地域である丹波国となった。但馬国は7世紀後半に丹波国より8郡を分割して成立したとする説もあるが確証はない。『日本書紀天武天皇4年(675年)条に国名がみえるので、この頃成立したと推定されている。

国内の施設
イメージ 1


国府

祢布ヶ森遺跡
兵庫県豊岡市
和名抄』および『拾芥抄』によると、国府は気多郡にあった。
初期の国府の所在地には、豊岡市出石町の袴狭(はかざ)遺跡とする説、気多郡(現在の豊岡市日高町)内とする説があるが、明らかでない。『日本後紀』によると、延暦23年(804年)に気多郡高田郷に国府が移されたという[5]。豊岡市役所日高振興局(旧日高町役場)の付近で発掘された祢布ヶ森遺跡(豊岡市日高町祢布)がこれに比定される(位置)。




国分寺・国分尼寺

但馬国分寺跡石碑
(兵庫県豊岡市)
但馬国分尼寺跡石碑
(兵庫県豊岡市)
  • 但馬国分寺跡(豊岡市日高町国分寺、位置
    国の史跡。寺域は1町半(約160メートル)四方。伽藍遺構として金堂・回廊・塔・中門、また寺域を示す築地の雨落溝の一部が確認され、その溝からは36点の木簡が出土している。跡地付近にある護国山国分寺(豊岡市日高町国分寺、位置)が法燈を伝承する。
  • 但馬国分尼寺跡(豊岡市日高町水上・山本、位置
    国分寺跡から北方の豊岡市立日高東中学校付近。礎石が伝世され、尼寺の遺構とされる。北方の天台山法華寺(豊岡市日高町山本、位置)が後継を称する。

神社

延喜式神名帳』には、大社18座10社・小社113座106社の計131座116社が記載されている(「但馬国の式内社一覧」参照)。大社10社は以下に示すもので、全て名神大社である。
  • 朝来郡粟鹿神社
  • 養父郡夜夫坐神社二座(五座のうち)
  • 養父郡 水谷神社
  • 出石郡伊豆志坐神社八座
  • 出石郡 御出石神社
  • 気多郡山神社
    • 比定社:山神社(豊岡市日高町山宮、位置
  • 気多郡 戸神社
    • 比定社:戸神社(豊岡市日高町十戸、位置
  • 気多郡 雷神社
    • 比定社:雷神社(豊岡市佐野、位置
  • 気多郡 椒神社
    • 比定社:椒神社(豊岡市竹野町椒、位置
  • 城崎郡海神社
出石神社(兵庫県豊岡市)
総社一宮以下
『中世諸国一宮制の基礎的研究』に基づく一宮以下の一覧[6]

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